「神父様、大変です。船がこちらに近づいております。」
 修行僧が大慌てで知らせに来る。
 大怪我をしたマルチェロがたどり着き、1年あまりが過ぎ去っていた。
 その間、マルチェロ自身は過去のことを一切口にしなかったものの海辺の教会の者は彼が何者であるかは検討は付いていた。
 名も無き小さなところとは言え、教会の端くれ。聖地ゴルドで起きた事件や一度は法皇となったマルチェロのことを知らないわけはなかった。
 それを知った上でも、この教会は神父もシスターも修道僧も快くマルチェロを受け入れ、共に生活をしていたのだ。
 しかしマルチェロは大罪を犯した身。いつマルチェロを罰するものが現れてもおかしくないのだ。
 さほど大きくはないものの、見慣れぬ船に慌てふためくのはマルチェロを殺しに来たのではないかと修道僧は感じたためである。
 「マルチェロさん、奥の部屋へいってらしてください」修道僧と同じことを思ったシスターは静かにマルチェロに声をかけたが当のマルチェロは小さく首を横に振っただけだった。










 トントン。海辺の教会の建物の割には大きな扉にノックが響く。
 他の者を制しマルチェロは静かに立ち上がりドアに手をかけゆっくりと開いた。
 「お前・・・」
 開いた扉の間から見える人間の姿にマルチェロは一言発した後、あまりの驚きに思わず絶句した。
 訪問者のほうもいきなり目的人物が現れたことに驚き絶句していたものの予期せぬ人物に来訪されたマルチェロよりは数段立ち直りも早かった。
 「よぉ。久しぶりだな。」
 「ククール。お前なぜここに・・・」
 依然驚きが色濃く残る顔でしどろもどろになりながらも言葉を発するマルチェロに、「どんなことにも動じないあんたらしくもない」とククールは腹を抱えて笑い出した。



 笑っているククールを横目に見ながらマルチェロが元気そうで良かったとゼシカは思う。ククールもそれが嬉しいから、大声で笑っているのであろう。長い間共に旅をしてきたがこれほどまでに声を出して笑うククールを見るのは初めてだった。
 もっとも自分がどれだけ努力してもククールの重荷をとってやることが出来なかったと言うのに目の前で仏頂面している男はいとも簡単にククールを笑わせたことに少しばかりのやきもちを感じていたのであるが。

 「いつまで笑っておる。私を笑いに来たのか?それとも殺しに来たのか?財界者に売るつもりか?」
 マルチェロは笑われていることが腹に据えかねたのか、ただでさえ愛想の無い顔にさらに眉間にしわを寄せククールに尋ねる。
 「ひでぇな。俺はあんたを心配して長い間探してたってのによ。」ククールの返答は冗談めかした物言いではあったが、心配などと言う言葉がククールの口から聞くことになるとは思わずマルチェロは呆けた顔になる。
 「冗談も隠し事もしねぇ。だから少しだけ俺の話聞いてくれないか?」そういうククールは二人きりでと言いたいのであろう、軽く外を向きあごをしゃくる。
 いつものちゃらちゃらした表情から一変し、緊張すら含んだククールの声音にさすがのマルチェロも怯み一瞬沈黙したのち言葉を選びながら返答を始めた。
 「ここの教会の者に今後も一切手出しをせぬと誓うなら話を聞いても良かろう。」
 驚いたのはククールだ。まさに鳩が豆鉄砲食らったと言うのは今のククールの表情を言うのではないかと思うくらいの驚きであった。
 マルチェロの言葉は相変らずぞんざいであったためゼシカはなぜククールがこれほどまでに驚いているのか気が付かなかったが、今一度かみ締めるように頭でマルチェロの言葉を反復してはっとなる。
 自分達が知っているマルチェロは人を人とも思わなかったはずだ。他人を蹴散らして自分の欲のためだけにずる賢く生きていたはずだ。そのマルチェロがこの教会の人間をかばおうとするなど信じられなかった。





 ククールとマルチェロが行ってしまった方向を眺めながらゼシカは呆けていたのだが、教会の人たちの心配そうな表情に気づいて声をかける。
 「ごめんなさい。安心して下さい。私達はあなたたちに危害を加えるために来たわけではないです。」
 それまで、だまってみていたシスターがおずおずと口を開く。
 「マルチェロさんは?マルチェロさんに何かなさるおつもりですか?」








 ククールはマルチェロと共に教会の裏手にある海の見える平原に来ていた。
 心配そうに自分を見つめていたゼシカを愛しく思いながら・・・。
 彼女がなぜそこまで自分に着いて来てくれるのかククールには分からないところであったが、これからも彼女と共に生きたい、彼女と共に幸せになりたいと心底思っている。
 しかし、そのためには今、眼前にいるマルチェロと話をつけてからだ。たとえどういう結果になろうと自分の気持ちを全て言わなくてはならない。
 覚悟を決めてきたとは言え緊張で声が震えそうになるのを必死に押さえククールは重い口を開き始めた。

 「あのさ、あんたにとってどれだけ俺が邪魔だったかなんて良く分かってる。だから、何も答えてくれなくてもいいから俺の話だけ聞いてくれ。そしたら俺は二度とあんたの邪魔はしねぇ。二度とあんたには会いにこねぇよ。」
 なにか言いたげなマルチェロを遮ってククールは語り続ける。
 「色々、兄貴には悪い事したと思ってるよ。俺があんたを追い詰めたみたいなもんだからな。いくら詫びたところであんたは許してなんかくれないだろうけどよ。」
 それまで、少し俯きぎみで話していたククールであったが、まっすぐにマルチェロを見つめなおし言葉を続ける。
 「・・・・・それでも、謝らせてほしい。生まれてきちまってごめん。修道院に行っちまってごめん。色々逆らっちまってごめん。そして、ゴルドで俺の身勝手であんたの命救っちまってごめん。」
 そこまで一気に言うと、ククールは深々と頭を下げ、その体勢のまま涙声になりながらさらに言葉を発し始めた。
 「修道院時代、色々問題起こしてたのは今思うと兄貴に構ってほしかったからだと思う。少なくとも怒られてるときはあんたの瞳は俺を見ていてくれただろう?無視されるくらいなら怒られてでもあんたの気を引きたかった。俺って本当ガキだったと思うよ。あんたの気も知らないでな。」
 ククールの言葉が切れ、一瞬マルチェロが口を開きかけたが何を言うべきなのか悩んでいるのだろう、言葉にならずに身体を固めてしまっている。それを見てククールはふと小さく笑う。
 「何も言わなくてもいいから聞いてくれって言っただろう。・・・・・だけど俺はあんたと会えて良かったと思ってる。あんたの存在を知らないでぬけぬけと生きてたら、あんたやあんたのおふくろさんに申し訳が無いってもんだ。それが自分勝手な理論なのは分かってるけどよ。」
 まっすぐに自分を見下ろすマルチェロの緑色の瞳に耐えられなくなり、ククールは身体を回転させ海に向かって独り言のように続きを語りだした。
 「ゴルドであんたは死にたかったんだよな。だけど、あの時の俺はどんな形でも兄貴に生きていてほしかった。あん時も言ったけど、俺は初めて会った時のあんたが忘れられねぇ。俺という存在が、あんたを捻くれさせちまったんだろうけど、本当のあんたは優しいやつなんだろう?そんなあんたがあんなところでくたばるなんて、俺には見てられなかったんだ。ホントわりぃな。俺のわがままで・・・。さっ。これにて終了。」
 最後だけ、いつものふざけた口調で言い放ち再びマルチェロを見据える。呆けているマルチェロに苦笑いを浮かべたククールは一言だけ付け加えた。
 「俺を煮るなり焼くなり好きにしてくれ。ただ命だけは勘弁してくれ。最近、俺初めて生きてて良かったって思ってるんでな。」





 長い沈黙が続いた。先に沈黙を破ったのはククールのほうだった。
 「じゃ〜俺は帰るよ。さっき言ったけど、もう二度とあんたには会わねぇ。安心して暮らしてくれ。」
 「ククール待て」
 ゆっくりと坂を下り教会に向かおうとするククールをマルチェロは呼び止めた。
 「ぶん殴る気にでもなったか?」などとぶつぶつ言ってるククールを無視してマルチェロはククールの目を見ないようにして話し始めた。
 「ドニの屋敷にいたころ楽しいことなどほとんど無かった。親父は言わずもがななやつだし、お袋もあのくそ親父におべっかを使うだけだ。使用人とて私のことを卑しい女の息子と陰口をたたいていたのだ。それでもたったひとりだけ私をかわいがってくださったお方がいた。菓子を下さったり他愛も無いことであったが、私にはその方がが唯一の心の支えだった。」
 ククールはマルチェロがなぜこんな昔のことを語る気になったのかも分からず、それでも初めて自分にまともにお話かけてくれてる兄の言葉を一言も逃すまいと必死に耳を傾けた。
 そんなククールを知ってか知らずか、その人のことでも思い出したのか鼻で小さく笑った。
 「・・・・・その方が今は亡き奥様。お前の母親だ。」



 驚きに言葉も出ないククールを見てマルチェロは本格的に笑い出した。これほど心の奥底から笑ったのはたぶん生まれて初めてだろうと思うほど・・・
 ますます驚くククールにマルチェロは見下したような視線を向けて言葉を続ける。
 「今度はお前が黙りこくる番のようだ。まあよい。私達が屋敷を追い出されるときも奥様は親父やお袋には内緒で私に菓子と幾ばくかのコインを持たせてくれたのだ。奥様もいつも親父の気まぐれに付き合わされてご苦労なされていたというのにな。」
 ククールの記憶にある母親はいつも父親に殴られていたり、怒鳴られていたりだった。それでも自分にはいつも笑いかけてくれていた。子供心に寂しそうな笑顔だと感じていたのであるけれど・・・・・。
 「母親のことを思い出しているのか?私もつい最近まで忘れていた。いや、忘れようとしていたのほうが正しいのだろうな。屋敷を追い出されてからお袋はいつも親父と奥様とお前への恨みしか言わなかった。そんなお袋に私は洗脳されていったのであろう。今にして思えばそう思ってなければやりきれなかったお袋も私も心の乏しい人間なのであろうな。」
 そう言ったマルチェロは肩を震わせまるで泣いているようだった。「兄貴?」なんと返事をしていいものか悩みながら結局ククールはこの一言しか出てこなかった。しかし、その一言だけで気を取り直したのかマルチェロはさらに口を開いた。
 「親父は絶対に許せない。しかし良く考えると奥様とお前には何も非は無い。奥様に良くして頂いた恩も忘れお前には散々つらい思いをさせた。すまなかった。もっともお前の修道院でのさまざまな規則違反は許す気はないがな・・・」





 再び長い沈黙が続いた。それでも先ほどの沈黙と違いククールの心には幸せで満ち溢れていた。まさか兄の口から、こんな言葉を聴けるとは思っていなかった。
 ククールは自分も兄もこれから人生やり直せると強く思った・・・。



 二度と互いの人生が交わることはないであろうがククールは兄の幸せを祈らずにはいられなかった。













++あとがきと言う名の言い訳・・・っていうか解説++

 これ、ククゼシですから(^^ゞほとんどゼシカが出てこないけどね(笑)
 ククールがかたる「初めて生きてて良かった」は当然(?)ゼシカのおかげです。
 マルチェロさんとククールの関係も落ち着くところに落ちつけました〜!!!
 ちなみに今回書いてるうちにドンドン長くなって収集つかなくなりつつ・・・です。

 で、ラストの文なんですが・・・仲直り(?)したとは言え、もう二度とこの兄弟は会わないと私は思います。
 互いを認め合っても十数年の間のことを綺麗さっぱり忘れて仲良し兄弟をやれってのは、この二人には無理だよ(^^ゞ

 ちなみにシスターとマルチェロさんの関係は・・・・・どうなんでしょう???(笑)





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