ヴァンの場の読めない発言はいつものことで、それは毎度恒例でバルフレアを呆れさせ、パンネロは幼馴染ゆえの心配症なのか焦り、バッシュは苦笑いで、フランは無言になる。そしてアーシェは怒るのだ。
 だが、彼は場を読めないようでいて、その実、場の雰囲気を良い意味で壊してくれることもあると最近気づいた。
 ヴァンの不適切ともとれるような発言は大概が、皆が落ち込んでいるか緊張で身体がこわばっているときなのだ。

 エルトの里でフランに年齢を尋ねたとき、誰もが呆れた。聞くべきはそこじゃない。しかも深刻そうな大真面目な顔して聞くことではない。確かにあの時は一時的な仲間であったラーサー含めて全員が彼の発想に理解しがたいものがあったはずだ。
 だが、あの発言直前は誰一人一言も発せないでいたのだ。エルトの里とフランに並々ならぬ因果が存在するのは明らかで、それでも彼女にそれを問うには重過ぎるほどの事実であったのであろう。相棒と呼ばれるバルフレアでさえ口をつぐんでいたのほど重々しい雰囲気だった。
 それが、彼の不適切発言でいきなり普段の雰囲気に戻った。フランの触れてほしくないであろうところには一切触れずにだ。

 神都ブルオミシェイスでもそうだ。大僧正アナスタスに対する「寝てる」発言、あの時、アーシェは手が震えるほど緊張していた。他の面々も似たり寄ったりの状況であっただろう。
 後ろからかすかに聞こえた彼の声は大僧正に失礼極まりないながら、どれだけ仲間達の緊張をほぐしてくれたことか。

 ミリアム遺跡で真実を聞いて、膝が砕けてしまいそうになるほど悩んで落ち込んで、そんな時、一番最初に自分に駆けつけてくれたのも彼だったこともアーシェは思い出す。聞いた真実に対する答えや感想よりもまず先に自分を心配してくれた。

 廃墟となったブルオミシェイスでは、怪我をしている人の傷の手当を寝る暇を惜しんで行っていた。パンネロ曰く、戦火にあったときのラバナスタを思い出す情景だったそうで、彼は傷ついて落ち込む人々を黙ってみていられなかったのかもしれない。
 笑顔を見せながら、小さな子供を励ます姿は彼自身の心の傷を垣間見たような気がする。


 そんな彼の姿を見てアーシェは思う。彼はこの旅に一番必要ないように見えて、その実、一番必要な人物なのではないか。
 いつもの賑やかさがなりを潜めて改めて思い知る。いつもは賑やか過ぎるほど賑やかなヴァンが今は大変静かだ。



 帝都アルケイディスに向かう道中で、食料やアイテムの補給のためにラバナスタへ入った途端にヴァンは高熱を出して倒れた。
 極限まで無理していたのだろう。余計なことは言うくせに肝心のこと、自分自身のことは何も言わない。それが少し寂しく思う。
 考えてみればいつもそうだった。人のことにはなんでもかんでも首を突っ込んで、世話を焼こうとすると言うのに、いざ自分のこととなると無意識なのか笑顔で人との距離をとろうとする。
 嘘が苦手な彼だと言うのに、本心を隠すことはとてもうまい。それでも時々みせる寂しげな表情がなんとなく彼の本心を見せていて切なくなるのだ。
 彼は馬鹿のように見えて甘えることが苦手なのかもしれない。幼くして両親を亡くし、それからと言うもの年端も行かない兄弟二人、身を寄せ合って生きていたのだろう。
 そんな頼りの兄まで戦争で失い、同じく戦争孤児となった子供たちのリーダーになってからは泣き言一つ言える状況ではなかったのだと思われる。
 今は頼っても良いのに、甘えても良いのに―――
 彼をまるで息子のように可愛がる元将軍もいる。口ではなんだかんだと悪態つきながらも弟のように世話を焼いている空族もいる。

 意識のないヴァンを軽々と抱えたバルフレアと共にパンネロの案内の元、ダウンタウンの彼の家を始めて訪れた。
 驚くほど質素でなにもない。戦争で一番の犠牲を強いられたと思われる貧民層の現状を如実に表していて、その事実にアーシェは泣きたくなって来る。王女として彼を、国民を救えなかった。自分の罪はそれほど重い。



 氷と薬を買ってきたバッシュが戻り、ヴァンを横たわらせてからアーシェは他の面々に向かって口を開く。
 「彼には私が付いています。みんなは身体を休めてください。」
 そんな王女の宣言に、その場の全員が凍りついたように瞠目する。
 「王女様にそんなことさせられません。私がついてますから」
 「殿下こそお身体お休めになってください。ヴァンは私が診ております。」
 パンネロとバッシュが同時に抗議するものの、アーシェは受け入れる気はなかった。
 王女の罪を攻め立てることなく付いてきてくれ、あげく自分が先を急ぎすぎ廻りを見る余裕すらなかったから、現在彼は体調を崩すことになったのだろう。ならば自分が彼の看病をするのは当然なのだ。むしろ今までなんやかやと自分を励ましてくれていた彼の傍にいたいと思う。





 「・・・んんっ」
 額に置いてあったタオルはすぐに温くなる。氷水に浸し再び額においてやると、その冷たさゆえか、ゆっくりとベットの住人はうっすらとまぶたを上げる。
 そこから現れたブルーグレイの瞳は潤んでおり、熱がまだ高いことが伺える。
 「あれ?オレ・・・って、あれ?アーシェ?」
 まるで現状を理解していないヴァンが、驚きと共に勢いよく身体を起こそうとしてアーシェは慌てる。考えるより先に身体が動こうとするのは体調が芳しくなくてもなんらの変わりを見せないらしい。
 「あなた、街に入ると同時に倒れたのよ。覚えてるかしら?熱まだ高いから寝ていたほうが良いわ」
 そんなアーシェの言葉にヴァンは、事の次第をようやく思い出したようで、はっとなり、その後すぐに叱られた子犬のようにしゅんとなり肩を落とす。その様子を見てアーシェが先に口を開いた。
 「・・・ごめんなさい」
 「・・・え?」
 突然のお詫びの言葉にヴァンは俯いていた顔を上げる。その表情はこれぞ鳩が豆鉄砲を食らった顔と言ったところか。
 バルフレアには事あるごとにバカだのガキだの言われつけているヴァン。言われるたびにむきになって食って掛かってはいるもののヴァン自身それ相応の自覚はある。
 だからなのだろうか。ここでのアーシェからの詫びの意味が全く分からないのは。
 いつも強気で、少年が何か失態を犯すたびに非難してくる彼女の片鱗すら見えない。己の体調の悪さすら忘れて常ならぬ王女の様子におろおろし始めるヴァンである。
 「アーシェ、オレなんか怒らせることしたか?」
 ヴァンのこんなセリフにアーシェは微妙に眉をひそめる。自分が謝っているのに、なぜ自分が怒らなければならないのだ。完全に会話が成り立っていない。
 アーシェは彼の言葉に脱力感を禁じえないながらも、自らの罪とお詫びの意味を真摯に、しかしながら気恥ずかしげに俯きぽつりぽつりと説明をはじめる。

 「で、アーシェの罪って何?」
 心底、不思議そうに首をかしげる少年に、王女は本格的に脱力した。
 全てを説明した。決して学があるとは言えない彼のために簡単な言葉を選びながら、それでも必死に全てを説明したのだ。国民を救えなかった王女の罪。仲間の体調を気遣って上げられなかったアーシェと言う個人の罪。許してほしいとは思わないけれど、お詫びがしたかったから。
 沈黙が流れる。さすがのヴァンも少しは言葉を選ぶ気になっているらしい。王女は王女で燃え尽きたらしく灰になったかのように放心中。

 「アーシェやバッシュや国王様は帝国にだまされたわけだろ。だったらだました帝国が悪いんだよな。お前は何にも悪くないぜ。たぶんだけど。それにさ帝国にもラーサーみたいな奴がいるってわかって、旅してて良かったって思うし。そりゃ無理やり付いて来て、役立たずで、失言ばっかで悪かったなとか思ってるけどさ・・・アーシェやパンネロでさえ元気なのにオレ一人体調崩してごめんなさいとか本気で思うし・・・だけど結構この旅は楽しいな〜とか思うし・・・」
 考えて言葉を選んだ割には文才のなさ丸出しで、しかも尻つぼみに声が小さくなるようなヴァンの言葉。だがそれは心からの必死な叫びで、少なからずアーシェの心を打ったらしい。
 「ありがとう」
 彼女は一言だけでそれ以上言葉が続かない。許してほしいとは思わなかった。でもダルマスカを滅ぼされてから休む間もなく、それでも心のよりどころを求めていたのかもしれない。彼の傍は自分にとって安息なのではないかと感じるほど今は穏やかな気持ちになれた

 お詫びの後はお礼。本当に今日のアーシェはよく分からない。そう言いたげに小首をかしげるヴァンだったが、その体勢のまま小さく咳き込む。
 「まだ熱があるのよ。ゆっくり休みなさい」
 言葉尻こそ命令形であったものの、アーシェのその言葉も瞳も、とてもとても優しかった。





 ヴァンの体調を、もといヴァンがアーシェを怒らせていないかを心配して様子を見に来たパンネロとバッシュが、安らかに眠る少年とその傍らで彼の手を握りうたたねする王女という、奇妙なそれでいて微笑ましい光景を発見するのは、その数時間後のことだった。









―――あとがき―――

 ヴァン×アーシェ推奨とか行ってるくせに本格的なヴァンアーは初めてとなります(^^ゞ
 ただ・・・なんか内容が薄いかもしれない・・・
 けど、私は実は・・・男の子を弱らせて、それを強気な女子が甲斐甲斐しく看病するという設定が好きです!!!
 ってなわけで自分の中の王道ネタになりました。

 アーシェはさ・・・責任感強いから自分の罪じゃないことまで抱え込んでるのじゃないかな?とか思っちゃう。
 ヴァンはヴァンでいつも元気な子なのに、その実、心の中では傷抱えたまま・・・バカな子に見えて弱い子なんじゃないかなとか感じてます。
 マイ設定で申し訳ありません〜!!!


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Photo by.空色地図

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