「オレ、雨って嫌いだ」
 遠くを見るような視線でボソリとヴァンが呟いた。




 今、一向はいきなり降り出した雨に足止めされていた。
 雨が降ろうが槍が降ろうが先を急ぎたかったらしい王女様をようやくの思いで止めたのは昨日のこと。
 すぐにやむと高をくくっていたのだが、その予想は見事にはずれ1日を過ぎた現在は、ギーザ草原の雨季でもこれほど激しい雨は降らないだろうと思われるほどで、必然的に動くに動けない状況と化していた。
 初めのうちは久しぶりの休息に、キャッキャッと宿の中を走り回っていたヴァンとパンネロも疲れたのか飽きたのか、今は仲間と共に度々空を見上げてはやまない雨にため息をついていた。



 ヴァンの突如の呟きはいつもの明るくお馬鹿な彼と同一人物なのか疑いたくなるほど悲壮感のようなものが漂っていた。
 普段の彼の口調であったなら、バルフレア辺りから「お外で遊べないのがそんなに嫌か」とでもからかわれそうな所なのだが、どんなときでも飄々とした斜に構えた態度を崩さない空族ですら口ごもる。
 そんな少年にパンネロ以外の4人は息を呑み、パンネロは悲しそうに目を伏せた。








 少年は無意識だった。
 考えるより先に口が出るヴァンのヴァンたるところではあったのだが、全員の視線を感じ少年は我に帰った。
 やばい・・・それがもろに表情に出る。取り繕うように不自然に笑顔を作るが時既に遅し。
 常は17歳と言う年齢にしては子供っぽいと思うほどよく笑うこの少年だが、ふとしたときにその表情に影を落とすことがあることを仲間達は既に気づいている。
 ガラス細工のように触れれば壊れてしまいそうな遠くを見つめているかのような瞳。
 今しがたの表情がまさにそれである。



 「雨に何か嫌な想い出でもあるのか?話してしまったほうがすっきりすると思うよ。どうしてもとは言わないが」
 バッシュは大きなお世話であることを百も承知しながらも問いかける。
 少年には多少の後ろめたさがあることも手伝って、バッシュはヴァンをまるで息子のように可愛がり、世話を焼いてきた。今の発言はその延長線上のようなもの。
 どのようにごまかすべきかを思案しているようなヴァンだったが、自分の発言が見事に場の空気を暗く落ち込ませたことに気づき、仕方なしに口を開く。





 「昔さ、オレは雨が降りそうなときでも絶対に傘なんて持ってでなかったんだよ。でさ、帰りに雨が降るの楽しみにしてたんだ。そうすれば、母さんが迎えに来てくれるからさ」
 にへらと表情を崩す少年だったが、いかんせん嘘の下手なヴァンである。それが強がりと迷惑をかけたくないという心から来る嘘っぱちな笑顔であることは誰が見てもあきらかで。
 「父さんも母さんも働きすぎだったんだろうな。全然遊んでくれなくて、馬鹿みたいな行動だったって今は分かってんだけど、かまってほしくって・・・」
 ヴァンの両親は伝染病で死んだと聞いていた。元々貧民層であった少年の家庭は身を粉にして働いた所で食べるものにも困っていただろうことは予想できる。
 「父さんと母さんが死んだ日も雨が降ってて、二人が死んだことをたぶん認めたくなったんだろうなオレ。家飛び出しちゃってさ・・・ホント、オレってガキって奴で」
 皆に心配かけたくない。その一心で一生懸命に普通になんでもないように話す彼であったが、徐々に声のトーンが下がり、心なしかその肩は震えていた。
 居た堪れなくなったのか、パンネロが言葉を引き継ごうとゆっくりと重い口を開いた。
 「ミゲロさんとか私の両親とか、みんな青い顔してヴァンを探してたんですよ。でも結局ヴァンを見つけたというか、ヴァンが無意識に行こうとする場所を知ってたのは・・・」
 しかし、少女も最後までは続けられず、どうするべきか思い悩んだように口を閉ざしてしまった。
 だが、その先に続く人物の名は言われなくても誰もがわかってしまう。




 「レックスか・・・」
 搾り出すようなバッシュの呟きは震えるているようで、静まり返ったその場でなければ聞き取れないほど小さな小さな声だった。
 ここにきて合点がいった。ヴァンが雨の嫌いなその理由を言い渋った訳が。
 ヴァンはヴァンなりにバッシュに気を使っている。自分が兄の話をすれば、必要以上に負い目を感じているバッシュをさらに落ち込ませることを、悩ませる結果になることを分かっていたから。彼は何も悪くないのに。
 案の定、申し訳なさそうな表情になってしまったバッシュは、いつもの詫びの言葉を発しようとしたのだが、初めの「す」と言いかけた所でヴァンに大声で制止された。

 「すまないはもう聞き飽きた。実はさ兄さんはあんたじゃないこときちんとわかってたんだよ。」
 突如ヴァンから告げられた言葉にバッシュはもちろんのことその場の全員が驚きの表情を見せる。それになんとなく罰の悪さを感じて照れながらヴァンは説明する。
 「兄さんの最後の言葉って『将軍じゃない』だったんだ。あの時は意味わかんなかったんだけどさ。」
 意識はどこか遠くに置き忘れてきたかのようなレックスがうわ言のように発した言葉。目の前にいる弟すら認識していなかったというのにバッシュをかばったその言葉が正直、当事はとても悔しかった。
 だから考えないよう、理解しないように忘れた振りしてた。バッシュを憎んでいたほうが自分の心が楽だったから。
 でも今なら分かる。バッシュを憎んでた自分のほうが馬鹿でガキだったって事が。それと同時にしっかりと事実を認識していた兄を誇らしいと思う。
 「オレさ、兄さんに自慢してやりたいんだぜ。兄さんの尊敬していたバッシュ将軍とオレは一緒に旅してるんだぜ。ってな」
 ヴァンは落ち込んで思いっきり頭たれていたバッシュにいたずらっぽくそう言って、見上げる眼差しには無言のうちに、「だからあんたが謝る必要はない」と強く語っていた。







 「兄さんさ、あれでかなりな馬鹿だからさ、父さんと母さんが死んだ日にオレ迎えに来てなんて言ったと思う?」
 開き直ったのか、嘘もなく明るい声を出すヴァンにその場の皆は頭に数個のはてなマークを飛ばす。そんな仲間達の様子を眺てくすっと笑ったヴァンは言葉を続ける。
 「『ヴァンは傘を持つ必要はないんだ。いつだって僕が迎えに来てあげるから。ヴァンの傘を買ってあげるお金もないしね』って、にっこり微笑んだんだぜ。貧乏なのは分かってるけどその場で言うことかと思ったらつい笑っちゃったよオレ。」
 その話はパンネロすら知らなかった様子で、はとが豆鉄砲を食らったというのがまさにこのことと言った感じで固まっている。
 「馬鹿と言うより天然だろうが、それ」大げさにため息つきながらバルフレアは呆れる。
 だがそれは、ヴァンの唐突な言葉と笑いがすっかり暗くなってしまった場の雰囲気を戻すきっかけにしたかったであろうことを肌で感じた空族の迫真の演技であった。
 もちろんレックスの言葉が当事のヴァンにとっては最高の慰めになったであろうことはいとも簡単に察しはつくのであるが。






 「止まない雨はないわ。その後には綺麗な虹が空に浮かぶことを私に教えてくれたのはヴァンあなただわ。」
 そういいながらアーシェは思う。
 太陽と同じ色の髪と太陽にも負けないほどまぶしい笑顔を持つ少年の一つ一つの行動に救われたのは自分だけではないだろう。
 パンネロもバッシュも、たぶんバルフレアもフランも―――
 時にそれは爆弾発言となり、仲間達を呆れさせたり慌てさせたりすることもあるけれど、それ以上に皆が忘れていたであろう笑いと明るさをくれたのだから。



「止まない雨はない、か。明日は出発できるかな。身体がなまっちまうよな。」
 アーシェのセリフを勘違いして理解したのか、ピントのずれたセリフを吐いたヴァンの顔は、もうすっかり太陽の輝きを取り戻していたのだった。







 ―――彼の心に雨が降るならば、彼の母や兄の変わりに迎えに行く。だからいつまでも太陽の輝きを失わないで―――







 ―――おまけ―――

 「やった。晴れたぜ!!!」
 翌朝、昨日までの鬱陶しいほどの雨はからっと消え去り、まぶしい日差しが顔を出していた。
 それを見て、るんるんとスキップでもしそうなほど身体全体で喜びを示したのはヴァンだった。

 「やっぱおまえの言うとおり止まない雨はないんだな。王女ってのも伊達じゃないよな」
 今回の件に関しては王女だのの身分は全く関係ないのだが、なぜかヴァンは王女を見直したらしい。彼の思考回路が他のみんなには全く理解できないのであった。
 「おまえはやめてと何度言ったら分かるのかしら?」
 理解できないところはほおって置いて、とりあえずいつものセリフで怒るアーシェである。
 思うとおりに行かないとすぐに落ち込んでいたアーシェも、この何をしでかすか分からない少年と付き合っているうちに臨機応変に対応できる強さが身についたらしかった。

 「ヴァンの特技は王女様を怒らせることなんでしょうか」
 パーティー随一の常識人を自称するパンネロは、幼馴染と王女のやり取りをハラハラドキドキしながら心配そうに眺めている。
 「嫌な特技ね」
 ボソリといつもごとく抑揚のない口調で言うフランに、バルフレアとバッシュは同時に噴出した。
 本心を隠すことが癖となっている空族と堅物生真面目の元将軍のいともおかしそうに笑う姿に、空族の相棒は珍しいものを見たかのような顔つきで、「これもあの坊やのおかげかもしれないわね」と小さな声で呟いたのだが、それは誰の耳にも届くことはなかった。









―――あとがき―――

 NeoFest XIIさまの12祭りを応援したい一心で、つたないながらも捧げさせていただきましたm(_ _)m
 こんなところでなんですが、主催してくださった未緑さま、megさま、素敵企画の立ち上げ、そして参加許可してくださってありがとうございました!
 お祭り終了まではうちのサイトでは本文載せていなかったのですが、無事にお祭りが終了されたので、引き取らせていただく形でサイトに載せました。
 これまた、こんなところでなんですが、主催者様長い間のお祭りお疲れ様でしたm(_ _)m

 素敵お祭りに捧げる作品と言うことで、オールキャラのネタバレなしを目指しました。
 といいつつ、フランが一言も言葉を発していませんが・・・(^^ゞ
 っていうか過去捏造しまくり!!!
 たしかに初めの予定通り(フラン以外)オールキャラだしネタバレもほぼなしではありますが、こんな捏造しまくってていいのか?と書き終わってから気づいた結みるくです。(阿呆)
 なので、フランを登場させるために「おまけ」をちょいとだけ(笑)
 ちなみにうちではパンネロが唯一の常識人です!!!

 実際問題、「雨」というお題に立候補させていただいた当初はまったく別の話でした(^^ゞ
 書き途中でなんか納得できなくなって、全削除したのです(T_T)
 おかげで書き始めてから2週間かかったという難産ですよ(^^ゞ
 でも私の実力考えれば結構満足いく感じには仕上がりました。

 ちなみに時期はフォーン海岸からアルケイディスに向かう当たりのイメージです。
 ちょうどそのころが全員の気綱が強くなってきて、精神的に辛い感じになってくるころで・・・馬鹿な子が皆を救ってるって感じですかね。



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Photo by.空色地図

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