「よう、ゲルダは今、中にいるのか?」
 女盗賊ゲルダの家の前、いつも玄関先で見張りをしている彼女のお供の男はそう問われ、声のしたほうを向くとゲルダの幼馴染でもありケンカ仲間でもあるヤンガスが立っていた。
 なんともタイミングよく訪ねてくるものだ。いや、今日と言う日だからわざわざ訪ねてきたのだろうか?
 お供の男は心の中で、つぶやきながらヤンガスを家の中へと案内したのだった。
 そんな彼の大きな後姿を見ながら、数日前の主の行動を思い出して苦笑いを浮かべる。




 あの日は「訪ねてくるものがいても絶対に中に入れるな」と、そう釘を刺されていた。
 以前は機嫌の悪いときなどによく言われた言葉だが、最近ではあまりない。訪ねてきてくれると嬉しい人物がいるからだ。
 彼女はとっても意地っ張りで強情で素直な気持ちを口に出せないので、「『訪ねてきてくれると嬉しい人物』以外は中に入れるな」などと言う命令は出来ないのだ。
 とは言えお供の男にとっては彼女の気持ちはバレバレで、ゲルダの機嫌の悪いときには目的人物以外は、中に通さないよう自らの判断を下していたりする。
 あらくれもののわりには、意外にもかなりの気を遣う事が出来る男であった。



 ドンガラガッシャ〜ン。
 家の中から、けたたましい物音がして慌てて、ゲルダの元へ向かった男は台所前に着いたとき、ゲルダのやけ気味な絶叫を聞く。
 少しばかり様子がおかしいので、こっそりと中をうかがうと、そこは一面に茶色かった。
 「なんでこんなにドロドロなんだ?」
 ぶつぶつぶつぶつ、なにかの呪文のように、文句を言っているゲルダがいる。
 その光景だけで、彼女がなんのために、普段は入ることすらない台所に立っているのかがわかると言うものだ。
 きちんと食べられるものが出来ることを祈りながら、お供の男はその場を去るのであった。



 今日と言う日に、ヤンガスが訪ねてきたと言うことは、数日前の彼女の行動は無意味ではなかったと言うことなのだろう。





 「よう。相変らずそこに座ってるのか」
 ゲルダの指定席こと、ゆりかごのような椅子。家にいるとき彼女は大概そこにいる。
 「ふん。いちゃ悪いかい。で、なんの用だい?」
 振り返ることすらなく悪態をつき始めるものの、その口調は少しばかり緊張気味だったのはヤンガスは気づかない。彼のほうも負けず劣らず緊張しているから。
 「前に借りてたもんを返しに来ただけだ」
 そう言うと、ゲルダに向けてそれを投げてよこした。
 それはゲルダに言わせると貸していたことすら忘れていたくらい、たいしたものでもなかった。
 彼女は思う。ヤンガスにとってもたいしたものでもないはずだと。
 確かにヤンガスは昔から顔に似合わず義理人情の塊のような男であることは認める。だから借りたものはどんな些細なものでも絶対に返そうとするだろう。
 しかし、それは今返してもらう必要も全くない物だ。何かのついでだって全く構わないはずで。
 そこまで考えてゲルダは自分の顔が緩むのを必死で抑えることになる。もしかして、もしかしたら?
 受け取りに来てくれたのだろうか?ほしいと思ってくれたのだろうか?自分が数日前に大変苦労しながら作った例のものを―――



 「ふん。確かに受け取ったよ。ついでだから、これをお前にくれてやろう」
 素直になりたいと切望しているのに素直になれないゲルダの精一杯の言葉とともに、ヤンガスに差し出されたのは明らかにお菓子が入っていると思わせる綺麗な箱。
 しばらくの沈黙の後、ヤンガスはまるで大事なものでも扱うかのような手つきでそれを受け取った。
 「開けていいか?」
 そんな彼の問いに照れまくっているのかゲルダは一言も答えることはない。しかしヤンガスにとってはそれがゲルダにとって肯定であることがなんとなくわかってしまう。


 その箱の中身は不恰好なチョコレート。
 ところどころに気泡は出来ているし、元はどんな形の型に入れたのか、どんなものを作ろうとしたのかは定かではない。
 それは、明らかに初めて作った人の、見事なまでの失敗作。

 だが、ヤンガスにとってはそれが何より嬉しい。
 ゲルダが自分のために初めて作ってくれたもの。他の男には作ってやったことはないのだろうと思われる見栄えがよくないチョコレート。
 なにより、ゲルダは今まで女性らしいことは一切やったことがないはずで、そんな彼女が自分のために作ってくれたその事実が何よりの幸せだ。



 「大事に食うぜ」
 他の人間に言わせると、食べられるものじゃなかろうと、お腹を壊すことになろうと、絶対に大事に自分だけで食べたいとそう思うヤンガスだった。
 彼はそれ以降言葉も続かず、ゲルダもゲルダで何と言って良いかもわからなく、そもそも彼の顔をまともに見れもしない。





 そんな話を聞きながら、扉の向こうにいるゲルダのお供の男は一人地団太を踏んでいるとは中の二人には知るよしもない。
 しかし、男は思う。自分の主も、その主の想い人も本当に素直じゃない。だが、今この瞬間、二人の仲は確かに少しだけ進展はした。
 あとは時間が解決するのではなかろうか。とりあえず互いが互いをとても好きなのは傍目には丸分かりなのだから。





 その後一ヶ月、ヤンガスは延々とお返しに何を送るか考えることとなる。









++あとがきと言う名の言い訳・・・っていうか解説++

 バレンタインシリーズ(?)第3弾〜!!!
 一昨年が主姫で、昨年がククゼシ、そして今年はついにヤンゲル(笑)
 これにてバレンタインシリーズ(?)完結です〜!!!
 と言うか、いつからバレンタインシリーズだったのだ!?という突っ込みななしです・・・

 つ〜わけで、この話しから、2年前に書いた「お返し」へと続くことになります。
 つまり、この「不恰好なバレンタイン」はエイト達が世界を救った直後のバレンタインと言うことになります。
 





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