「あの〜少しよろしいでしょうか?」
 ここはトロデーンの調理場、およそその場にふさわしくない様な気品を備えた美しい声が聞こえた。
 もう夜半を過ぎ、明日の朝食の準備に余念のなかった料理長とその妻である恰幅の良い女性は一様に驚き礼をする。
 この美しい声の持ち主であるトロデーンのミーティア姫に、先に我に帰り声をかけたのは妻のほうだった。
 「姫様どうなされましたでしょうか?」
 そんな妻の言葉に料理長も驚きから立ち直りミーティアに言葉をかける。
 「御用ならば呼びつけてくださればお伺いいたしましたのに。」
 「あっ、いえ。私の個人的な事ですので。えっと。。。その。。。」
 いつもは若いながらもトロデーンの姫として威厳も備え、ハキハキと言葉を発するミーティアが珍しく口ごもる。
 料理長はわけが分らず首を傾げてしまっている。
 しかし、妻は女の感とも言うべきかミーティアの言いたいことをはっきりとわかったらしく、ほほえましい気持ちでいた。
 ミーティアは恥ずかしいのであろう。調理場まで来たはいいが、どのように切り出すべきか悩んでいる様子が伺える。
 目上の者の言葉を待つ間は、言葉を発してはいけないのが通例ではあるが、あまりの初々しさに妻は口を出す。

 「姫様、手作りのチョコレートの作り方を乞いに来たのですね?」
 そんな妻の言葉に、俯いていた顔を上げたミーティアはまるで蒸気が出ているかのように真っ赤な顔をしていた。
 自らの手で真っ赤になった頬を隠しながら小さく何度も頷くミーティア。
 料理長もさすがに合点がいったのだろう。大きくそして満足そうに頷いている。
 「そうですか。まもなくバレンタインでしたね。もちろんエイト隊長にですよね?羨ましいですな〜。」
 少々からかうような料理長の言葉にミーティアは恥ずかしさから益々顔を真っ赤にし小さくなっている。
 料理長とその妻は微笑みながらお互いの表情を確認し頷きあった。
 「本来は調理場は姫様がいらっしゃるような場所ではございません。しかし、その姫様のお気持ちは我ら存分に承知いたしました。誰もいない夜でよろしければご教授いたしますよ。」
 そんな料理長の言葉にミーティアはパッと輝くような笑顔になる。
 「ありがとう、料理長、奥様。この恩は一生忘れませんわ。」





 その日から皆が寝静まった夜中、調理場にミーティアは通った。
 料理長と相談し、チョコレートケーキを作る事に決まったのだが、ミーティアにとっては何もかもが初めての経験だった。
 姫と言う身分柄なのだが包丁はもとより計量カップも初めて触るものである。
 バターを湯せんにかけることすらおっかなびっくり。卵を泡立てる手つきもぎこちない。
 それでもミーティアは諦めなかった。大好きなエイトに美味しいケーキを食べてもらうのだ。その一心だったのだろう。
 料理長も妻もそんなミーティアを温かく見守る。
 「エイトはあんな細い身体をしていますが、甘いものは昔から大好物なのですよ。」
 元々小間使いとして調理場でも働いていたエイトの好みは料理長も良く知っている。自分の知る限りのエイトの好みをミーティアに教え励ます。
 ミーティアは自分の知らないエイトの好みを料理長や妻が知っている事に多少悔しい思いを抱きながらも、そんな励ましを受けて頑張ろうと真剣に手を動かしている。
 そんな頑張りが功を奏したのであろう。初めのうちは料理長や妻に手伝ってもらっていた細かい作業もバレンタイン前日になる頃には手つきは危なっかしいものの、ほぼ一人で出来るようになっていた。

 「姫様。飾り付けもとても綺麗に出来ましたね。このようなものを食すことのの出来る男は幸せでしょうな。」
 バレンタイン前日のまもなく朝方を迎える頃、ミーティア特製のチョコレートケーキが出来上がった。
 ミーティアの身体にはあちこちチョコレートのクリームが付いていて、その苦労が伺えた。
 「料理長。奥様。今まで本当にありがとう。毎日毎日、私のために時間を割いてくださって申し訳ありませんでした。」
 そんなミーティアの姿は姫と言うよりも、どこにでもいる一人の恋する女性でしかなかった。
 「いえいえ私達に気遣いは無用です。あとはラッピングをして明日を楽しみに待ちましょうね。」
 そういう妻はまるで娘を見守るような目つきで、ウィンクまでして見せた。





 バレンタイン当日、トロデーンの男性達も類まれなくそわそわしている様子が伺える。
 それでも皆仕事をおろそかにするわけではない。兵達ももちろん訓練に打ち込んでいた。
 「さあ。今日の訓練はこれで終わりにしよう。」
 近衛隊長であるエイトの言葉に皆、「よっしゃ〜」と声が上がる。
 エイトは全ての兵を治める近衛隊長とは言え、近衛兵の中では一番年若い。一般兵を含めても下から数えたほうが早く、一応隊長と部下と言う立場はあるものの、訓練が終われば皆友達のようなものであった。
 そのうちの一人がエイトに話しかけてくる。
 「なあエイト隊長。今日がなんの日だか知っていますか?いくら隊長でもさすがにご存知ですよね?」
 「あははは。そりゃ一応知っているよ。みんなはこれからデートって奴なの?」
 おくびも見せずに尋ねるエイトに、ニッコリする者、落ち込む者。中にはもうそんな年でもないと苦笑いする者。当然笑顔のものは彼女持ち。落ち込んでる者は一人身なのであろう。
 「そんな事言っちゃって!隊長こそどうなんですか?ひ・め・さ・ま・とは?挙式の会場から姫様をさらってきたんですよね〜?」
 「な?そ、そんなことあるわけないだろう?そんな恐れ多い間柄では。。。」
 この兵の言葉に今までおっとりとした笑顔であったエイトは慌てて、弁明したものの最後のほうはもう聞こえないほど小さな声になっていた。
 挙式場から姫を連れ出したエイトとミーティアは既にトロデーンでは公認カップルのようなものである。
 その場に居た兵たちは一様にニヤニヤとしていて、エイトにとって居心地が悪い事この上なかった。





 トントントン
 どうにか茶化す兵を振り払って自室で読書にふけっていたエイトの耳にノックが聞こえる。
 「ミーティアです。今、時間あいてるかしら?」
 「ミーティア。ここはオレの部屋だよ。用があるときは呼んでっていつも言ってるのに」
 何度頼んでも部屋にやってくるミーティアに呆れたように言いながらも、結局は部屋に通す事になる。
 いつもなら臆することなく部屋に入ってくるミーティアなのだが、今日は珍しくためらっている。
 「どうしたの?」そんなミーティアを不思議に思い、エイトは尋ねた。
 「あの。これ私が作ったの。エイトに食べてほしくて」
 真っ赤になって言うミーティアの手にある綺麗な包みがなんであるかは、自分に寄せられる好意には鈍感なエイトでもさすがに分った。
 「えっと。その。。。オレのために???」
 ミーティアに負けないくらい真っ赤になってしまったエイトは遠慮気味に尋ねる。
 「・・・・・ええ。毎日調理場に通って練習したの。口に合うかどうかは分らないけど。。。」
 そこまで言って、俯いてしまったミーティアにエイトは愛おしさが溢れかえる。
 「ありがとう。ミーティア。こんな嬉しいの初めてかもしれない。開けても良いのかな?」



 「おいしい。すごいおいしいよ。ミーティア。」
 本当に幸せそうにエイトは笑う。
 「本当に?良かったわ。」
 ミーティアはまだ真っ赤だった顔を再び上気させ、言葉を返す。
 「うん。とっても。ホワイトデーにはなにがほしい?オレがあげれるものならなんでもあげるよ。」
 「お返しなんて別にいいのに。。。でもエイトのくれるものなら何でも嬉しいわ」





 なんとも初々しく幸せを満喫していた二人の部屋の外で聞き耳を立てている人間が大量にいた。
 その中にはエイトと仲の良い兵はもちろん、料理長やその妻、そしてなんとトロデ王もいたのだった。
 そんなトロデ王は「ワシもミーティアからの手作りケーキがほしいのぉ」などとぶつぶつ言ってはいたことは、中の二人には知る由もなかった。






++あとがきと言う名の言い訳・・・っていうか解説++

 バレンタインスペシャル〜〜〜(*⌒▽⌒*)ニッコリ♪
 ミーティアかわいい〜〜〜〜♪←自分で書いてて言うなよ(^^ゞ
 とにかく、この話については細かい後書きはなしと言う事で(笑)
 シリアスかギャグしか書けない私が頑張って(?)甘甘書いてみました!!!
 頑張った割には甘くないとかいう突っ込みも入りそうですが・・・。いや。。。私なりに頑張ったんです〜(笑)

 この話は、挙式からミーティアを連れ出してすぐ次の年のバレンタインと言う設定です。
 ちなみに両思いなんですが、まだ正式な婚約はしてはしていないという事にして置いてください。

 ラスト3行は、甘い話での終わり方が良く分らなかった私の苦し紛れに終わらせる手段でした。
 でも今回の話に全く出てこなかったトロデ王を出せた事は満足です♪

 PS:いつも背景黒で書いてるのに、今回白にしてしまってごめんなさい。黒から白にするとものすごく眩しく感じる事は分ってるんですけど、この話だけは白で書きたかったんです。。。

 PS2:入り口にも書きましたが、この小説はフリーにします。万々一気に入ってくださった方がいればお持ち帰り自由です。お知らせも特に要りません。してくださると管理人が喜びますけどね(笑)
 ご自分のサイトにアップする場合だけ事前事後問いませんのでご連絡下さい。←いやなおさらいないと思うんですが(^^ゞ
 あっ!分ってると思いますが、背景で使っている画像は素材屋さまからお借りしているものなので持ち帰りはだめですよ。





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Photo by.空色地図

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